星見る囚人

楽しい世界にむけ脱獄進行中

【同棲日記】ふたりぐらしは突然に 『ときには昔のはなしを』

 

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「なあ、付き合ったきっかけ覚えてる?」

ふたりでソファに並んで、サイダーを飲んでいると、彼が急にそんなことを言い出した。

「きっかけねえ…」

しゅわしゅわからんと音を立てるグラスの向こうに、まだ付き合う前の私たちが見える気がした。

 

ふたりのはじまり

彼と私は同じ会社の先輩後輩だった。

コミュ力の高い彼が、新人の私によく声をかけてくれていた。「この頃は恋愛感情はうっすらある程度だった」と後から言っていたけど、本当のところはわからない。

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当時から、彼を見るとなんとなく懐かしいような感覚がしていた。ずっと前からの付き合いかのように、彼が何を考えて何を言いたいのかわかった。「年齢以上に落ち着いている」とよく言われる私なのに、彼の前だと子どものようになってしまう。

これが、「波長が合う」ということなのだと思う。うまく言えないけれど。

 

そういう私たちだから、仲良くなるのは早かった。仕事終わりに他の同僚たちと一緒にごはんに行くようになり、ふたりでも食事に行くようになった。

とは言っても、そんな色気のあるものじゃあない。

「おーい、メシ行こーぜー」

「いいっすねー、何します?」

「うーん…ハンバーグ食べたいわ」

「子どもかwww」

「ええやんか、うまいんやから!もう連れてったらへん!」

「えーちょおーそんなん言わんとー。先輩いけずやわあ。」

…と、まるで男子高校生みたいな絡みばかりしていた。(今もあまり変わらないかもしれない)

 

一緒にごはんを食べて、彼の車で私の家まで送って帰ってもらうのが恒例になっていった。

だんだんと、その帰りの車でいろんな話をするようにもなる。なかでもほとんどの話題を占めていたのが、彼の別れた元カノの話だった。

 

彼の元カノは、かなりのメンヘラだったらしい。

喧嘩をすれば「もう死ぬ!」とわめき、一晩中泣き続ける。夜中にいきなり電話してきては、ひたすら弱音と愚痴の無限ループ。自殺未遂もしたことがある。典型的なメンヘラだ。

彼は、その全てに付き合っていた。元カノが泣けば抱き締めて背中をさすり、夜中でも電話がかかってくれば駆けつけた。何時間でも元カノをなだめ、寝ずにそのまま仕事に向かったこともあったと言う。

だけど、ある日突然フラれた。

「私、あなたのペットじゃないの。可愛がるだけで、本当は私のことなんて愛してないんだわ!」

そう言って、元カノは彼にビンタをかまして実家に帰ってしまったらしい。なんという超展開。あんなに涙に付き合った結果がこれで、彼がすっきりできるはずもなかった。

 

「大事やったから、何でもしててんけど、それがあかんかったんかな…。」

運転しながら元カノの話をするとき、彼は自嘲にも似た目をしていた。

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真面目だな…と思った。私なら、とっくに匙を投げる相手だ。この人は真摯すぎる。だから、人一倍傷ついて、いつまでも自分で傷に爪を立てる。この人は、もうぼろぼろだ。

 

「…ほんまに彼女さんのこと好きで、一生懸命やったんですね。」

いつも私を降ろす場所で車を停めた彼に、私は言った。

「…まあ、フラれてんから結局あいつは嫌やったんやろうけどな。」

彼はやっぱり自嘲気味に笑う。笑っているのに、私には彼が泣いているように見えて仕方なかった。

「そんなことないです。」

「え?」

「それだけ一生懸命にひとを愛したって、すごいことですよ。最後は別れちゃったけど、彼女さんのなかに、ちゃんと幸せも与えれたと思います。あなたは、ちゃんとひとを幸せにできる人です。」

何の根拠もない、私の憶測にすぎない話だった。それでも、言わずにはいられなかった。彼に、もうそんな自嘲する顔をしてほしくなかった。

彼はしばらく押し黙っていたが、ゆっくりとこちらを向いた。もうそこに自嘲の笑みはなく、代わりに目に涙をいっぱい浮かべていた。

私が指でその涙をすくうと、彼は堰を切ったように泣いた。ずっとずっと、泣けなかったんだろう。私は彼を抱き締めて、頭を撫でた。

 

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彼を抱き締めたとき、私のなかに予感のような何かがあった。ずっとこのひとと一緒にいるんだろうな、と。

ぼろぼろのこのひとを、幸せにしてあげたいと思ったのだ。それまでテキトーな付き合い方しかしてこなかった私からは、とても信じられない。

幸せにしてほしいと思っていた私が、初めて幸せにしたいと思ったのが彼だった。

 

その日を境に、私たちは恋人になった。

 

ふたりでいる今

「あんときめっちゃ泣いたよな。」

私がそう言うと、彼はサイダーを一気飲みして口元をぬぐった。絶対顔が赤いのを隠したいだけだ。

「それは思い出さんでええねんて。」

恥ずかしいなら、付き合いだした頃の話なんてしなきゃいいのに…。苦笑する私に、彼が言う。

「でもな、あんとき言ってもらって嬉しかってんで。」

「何を?」

「『あなたは、ちゃんとひとを幸せにできる人です』って。たぶん俺は、そう言ってもらって安心したかったから。」

「…そっか。安心できた?」

「おん。ぎゅってしてもらったときに『もう結婚しよ』思ったわ。」

「ライナーかよwww」

「『俺ライナー、鎧の巨人!』」

「自己申告wwww絶対読んだことないやろwww」

ひとしきり進撃の巨人ごっこをして、涙が出るほど笑った。やっぱり、私たちのテンションは男子高校生と同じだと思う。

「なあ、今幸せ?」

不意に彼が尋ねる。こちらを伺う顔が、怒られる前の子どもみたいだ。

「…ちゃーんと幸せやで。」

彼の両頰を横に引っ張って遊ぶ。私の言葉に、ぱあっと彼の表情が明るくなる。

「マジ?じゃあ結婚しよか!」

「それはちゃうわ。」

「なんでやねん!そういう流れやったやろ空気読め!」

「うっさいわ、タイミング悪いねん!」

「むしろ完璧やったやろ今!」

 

騒ぐ私たちの横で、グラスの氷がからんと鳴った。

 

 

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