星見る囚人

楽しい世界にむけ脱獄進行中

【同棲日記】ふたりぐらしは突然に 『近いところで待ち合わせ』

 

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思えば、我々は待ち合わせなるものをしたことがない。

相手を待ってる間のドキドキなど、付き合い始めの頃から味わったこともない。

いいのか、これで。曲がりなりにも恋人同士として、ゆゆしきことなのではないのか。

「待ち合わせしておデートいこ!」

「はあ?」

風情も何もないやりとりで、ふたりの『はじめての待ち合わせ』は始まった。

 

待ち合わせは文学

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私が思うに、『待ち合わせ』という行為はそれ自体が文学だ。

『待っているひと』も『待たせまいとするひと』も絵になる。その様や心情を描写するだけで、たちまち物語が生じる。まるで古い紙のにおいがするような、趣深い行為なのだ。

自分たちでその待ち合わせをすることは、演劇をやる感覚に近い。文学を演じているわけだ。特に「待った?」「いや、今来たとこ」という例のやりとりには、様式美さえ感じる。

 

というようなことを、熱を込めて早口で語る私に、彼は「わかったから。」の一言で片付けた。これだから本を読まない人間は…。

とは言え、「待ち合わせがしたい」という私の希望は汲んでくれたようで、おもむろに立ち上がって着替え始めた。

 

「私が後から行くから、あのレトロな喫茶店で待っててな」

「近すぎやろ!待ち合わせする意味!」

「ええやんか、あっこの林檎ブリュレ好きやろ?」

「そうやけどさあ…。てかそもそも一緒に出ればいいんでないの」

「え、なんて?」

「ほな先行って待っときますぅー」

そそくさと家を出ていく彼の背中を見送って、私も出かける準備を始める。

 

何気に、この出かける準備の時間が好きだ。

彼の着ていった服や今日の自分の気分に合わせて服を選んで、髪を整えて、メイクをする。

 

彼はTシャツに羽織りとデニムで行ったから、私も今日はカジュアルめにしよう。あ、でも喫茶店のレトロ感とも合わせたいから、キレイめなほうが合うかしら。じゃあ髪はちょっと遊びを出して、くるくるにしちゃいましょう。メイクは大人しめで、オレンジ系がいいわね。

 

そんなことを考えながら、メイクをするために鏡を覗きこんで驚いた。思った3倍は楽しそうな顔をした私がいる。

いつから私、こんな風になったのかしら。ちょっと前までは、付き合うなんて煩わしいとしか思ってなかったのに。

 

彼といると、私は子どものように感情がむき出しになる。特に泣いたり怒ったりということに対して、ストッパーが仕事をしない。

今までは彼氏の前で泣くなんてありえなかった。怒るより、対策を考えるか諦めるのが常だった。

 

(あのひとだから…?)

 

強い私でいなくてもいい、と思えるから付き合ったのかもしれない。彼は決して強いひとではないけれど、私に依存しないから。良い意味で私に何も要求しないから。

 

メイクも済ませて鏡で最終チェックをする。

うん、いい感じ。

ドアを開けて、家を出る。ここに今ふたりで暮らしているなんて、先月の私に言ったらどんな顔をするだろう?

鍵をかけて、100m先の彼が待つ喫茶店へ向かった。

 

林檎味の待ち合わせ

待ち合わせをするにあたって、ひとつ約束したことがある。

それは、『スマホを使わない』ということ。

自分の感情と待つ時間そのものを味わうためだ。こんなことを要求するなんて、私くらいなものなんじゃあないだろうか。「変わってる」とよく言われるので、少数派なのは自覚している。

 

私の変わってる具合は今に始まったことじゃあないので、彼はもはや慣れたものだ。とりあえず私の変な要求にも付き合ってくれる。彼も相当変わり者にちがいない。

 

喫茶店に近づいていくと、店の前に立っている彼を見つけた。その足元に、黒白の猫がすりすりしている。実家で猫を飼っているからか、彼は猫によく懐かれるのだ。羨ましい。

 

「おまたせ。」

「おん。ほな行こか。」

 

彼は私の服もメイクもめったに褒めない。たぶん、私が努力してることにすら気づいていないだろう。別にそれには不満はない。気づかれないようにやってるわけだし。でも、今日みたいな日だけは気づかれたい。女はわがままだ。

少し重たい木のドアを開けると、からんからんと耳心地の良い音がする。「いらっしゃい」と短く言って、おばちゃんがカウンターの向こうで微笑んだ。ちょっとシャイな笑顔がかわいい。

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いつものようにカウンターに並んで座り、ふたりして林檎ケーキのブリュレを頼む。すっきりとした甘さのこのケーキは、私たちがこの店に通うようになって以来ずっとふたりのお気に入りだ。

おばちゃんがそっと差し出したケーキにフォークを刺す。パキ、と表面がわれて黄金色の林檎があふれてくる。小さく切り取って口に含むと、すっきりした甘さが全身にいきわたるようだった。はあぁぁおいしい。ブリュレなのに甘すぎない。だから気に入った。

ふと左に座る彼のほうを見ると、皿はもう残骸だけになっていた。(食べるの早すぎ)わずかに残る甘さの余韻にひたるように、唇をなめる彼におばちゃんが話しかける。

 

「今日はピコピコせーへんの。」

 

ピコピコ、とはスマホのこと。おばちゃんはめっぽう機械に疎く、スマホ中毒の彼を宇宙人のように扱う。「今日はピコピコ禁止やねん」と彼は笑って見せた。そのついでに、はじめて待ち合わせして来たことも話す。

 

「おばちゃんたちの頃は待ち合わせがふつうやったけど、今のひとはピコピコで約束せんでも会えんねやもんねえ。」

 

とぽぽぽぽ…とポットから流れ落ちる珈琲の音が心地いい。香ばしいかおりに、思わず深呼吸する。おばちゃんが伏し目がちにつづけた。

 

「でも懐かしいねえ。待ってる間に相手のことあれこれ考えたり、何時間も待たされたりしたわあ。そういう時間があったから、ふたりでおることを大事に思えてんやろねえ。」

 

「今じゃもうそんなん忘れたけどな」と、はみかみながらおばちゃんが珈琲を出してくれる。いい香りと口に残る甘さも合わさって、おばちゃんの言葉がじんわりと心にしみていくようだった。

相手のことを考える時間…それが恋愛を輝かせてくれるのかもしれない。

 

「あんた、お嬢ちゃん大事にしいや。」

「わかっとるわ、おかんか!」

「おかんみたいなもんやないの。」

 

心を開くとちょっと口が悪くなるのも、おばちゃんのかわいいところだ。私もこんなかわいいひとになれるかしら。

珈琲の香りと林檎の甘さのなかで、私は今晩の夕食を何にしようか考えていた。

 

 

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